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【Blog】2人の自分。―Just The Two Of Us


みなさんお久しぶりです。お元気でしょうか。

こうして見てくれているであろう人に何かを語るのが好きな27歳独身です。(笑)

さて先日はレコーディングの投稿をしましたが、

ミックス作業を終え、現状もう少しで完成というところまでやってきました。

私にとって初めてのアルバムで、至らない部分もあって

様々人に迷惑をかけてしまって正直、申し訳ない気持ちが強い中に、

ありがたい気持ちがありました。

しかしながら、少しずつ糸の絡まりがとれ、

アルバムを制作することで何か自分の今までの傾向や、

いわば人生の振り返りというか、

今まで逃げていたことに直面する毎日を送っています。

例えば私が良く使ってしまう言葉で

先ほども冒頭で挙げたように、

すみません、ごめんなさい、等の謝る言葉。

必要な言葉だし、使う方も多いと思うけど、

相手に距離を作る言葉だなって。

そして自分を閉ざして守る言葉。

防御みたいな、そんな印象なんだって思いました。

私は すみません が多い人間だから

ありがとうを伝えられるように転換して、

その分何かをお返しできるようなそんな素敵な人になりたいし、

自分がそう思ってもらえる人間になりたいなと思います。

何かを作ったり、

新しいものをはじめる時って

今までの自分のダメな部分だったり、

逆に良い部分が顕著に見えますよね。。

先ほど話したことと関連して大きな気付きがあって、

何かしらの障害にぶち当たったとき、

自分という人が2人いて どちらかが出てくる、ということです。

一方は楽観的で、実直、しっかりしていて外交的。損を取って得をする性格。

もう一方は軟(やわ)で逃げ腰、陰鬱で内向的、前者とは真逆の自分。

細切れに時間刻みだったり、長いと一週間くらいというような気もします。

両者とも性格は推定ですが、私は声の響きも違うということが最近分かりました。

前々から少し気づいてはいたのですが、

レコーディングを経て確信に至りました。

自分でもまだ実態がつかめていないのですが、

断言します、私は2人います(笑)←

↑やばい奴だ…となった方はごめん(笑)

それがはじめて分かったのが、大学卒業した後っていうかなり遅いタイミングなのですが、

近親者やある程度近しい友人に話をきいてから気付きました。

言われたこと対して、過去になぜ自分がそういう言動をとったのかが分からなくなっているのです。

例えば昨日の私がしていた言動を周りから聞いたときに、

今日の自分だったらありえないと思うような「私」がいて、

本意ではない(どちらが本位なのか分からない)というような。

その違いに大いに悩んでいます。

極端なものだと暴れていたり、マシンガンのように暴走して話していたりということもあったようです。

その一つ一つが、どちらかの人格であるときには忘れてしまっています。

そういう傾向は多かれ少なかれみなさんあると思うのですが、

自己の2面性は気付けば、声そのものや歌の中にも顕著に現れて、

歌う状況や編成、時間、もっと細かく言えば毎秒変わってしまいます。

私という代わり変わる2人の存在。

医者は病気だというし、

こうして書いている間にも…と思うと怖くもなったりします。

しかしながらここに書こうと思ったのは、

きっと同じように悩んでいる方もいるだろうし

悩みながらも必死に心を落ち着けて向き合おうと思ったからです。